2018年 美術検定 解答

1級問題

[問題B]

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解答例1

 ボランティア向けの研修として、私は「なりきり鑑賞プログラム」を提案する。
 活動内容は、まずボランティアを作中の人物6人に振り分け、それぞれの人物になりきってもらう。自分のモデルとなった人物の心情について、その立場なども考慮し、各自で考えて書き留める。自分以外の5人の彫像については、造形要素を書き出し、そこから読み取れることを書く。また、わからないことも記録する。次に、順に「インタビュータイム」を展開する。なりきりモデル以外の人は、自身が鑑賞したことをディスクリプションしながら、考えたことを述べる。さらに質問もする。なりきりの本人は、それに答えながら、他の人から得た新たな考えも加えて、心情や動勢の理由を明らかにしていく。例えば、作品画像の中からジャン・デールを見てみよう。群像の中でも一人姿勢を正して立っている。資料Bを見ると、口元を強く結び、眼は正面を見据えている。このことから、覚悟を持って人質としてイギリス国王の陣営に赴いたであろうという意見が予測される。しかし、なりきりモデルからは、覚悟以外に、自身の商人としての社会的プライドや使命感があり、弱い感情は見せたくなかったとの告白があるかもしれない。そのように、順に意見の交流をしていく。最後に、全員で全体の構成を360度全方向から見直し、作品全体の鑑賞を行う。
 この鑑賞プログラムを通して、作品に対する多様なアプローチの仕方を引き出すことができる。また、視点の違いにより、気付かなかった表現の解釈を相互に知ることができると考える。ディスクリプションをした上で、人物の心情に迫ることにより、根拠のない情感的な鑑賞ではなく、造形的に読み取る力を導き出すことができる。また、インタビュー形式を取ることにより、言葉や考えの交流させることで、コミュニケーション力を高めることにつながる。
 何より、作中人物一人一人の感情をしっかりあぶり出すことによって、ロダンは単純な人物像をただ6体制作したのではなく、人間の中にある様々な側面を6体として擬人化し、《カレーの市民》を普遍的な人間表現としたことへの理解が促せる。また、同作は優れた彫刻作品であり、形体を超えた人物の写実表現である点が、今の私たちに感動を与え続ける理由であるともわからせてくれる、充実した研修プログラムになると考える。
(964字)  

解答例2

 鑑賞ボランティア向けの研修プログラムとして、鑑賞方法を3つに分けて考える。作品は《カレーの市民》。
(1)5~6人のグループで対話しながら鑑賞をする。鑑賞前に2人1組で傾聴の練習を行い、自分の意見ばかりを言うのではなく、皆の意見を聞く事の大切さに気付いてもらう。また、質問や促しによって対話が広がったり、深まったりすることを経験する。その後、作品の前で自分たちが感じたことや見え方について対話する。
(2)個人がそれぞれ作品のキャプションを書く。例として「1889年ウスターシュ・ド・サン=ピエールの記念碑として建立された。カレー市民の英雄であるウスターシュと5人の市民の感動的な人間像を表現した群像彫刻である」のような内容を示し、来館者(市民)が理解しやすく、意味のある短文を作成する。
(3)順番に作品の解説を行う。1人10分で、他の人は来館者役に回る。聞き取りやすい声か、立ち位置は適切か、理解しやすい説明か、興味を持つ内容であるか等のポイントについて、互いにふりかえりを行う。
 期待できる効果としては、(1)は、作品の見方は、様々であり、他人の意見を聞くことで今まで知らなかった見方ができることに気付かされる。多様な見方や人とのコミュニケーションで、鑑賞の喜びが広がることが理解できる。(2)は、キャプションを作るためには、作品の背景や作家について、技術的なことなどを調べなければならない。そのうえで短文にまとめるには、思考力や論理的構成が求められるため、それらを高める効果がある。(3)は、原稿を読まずに作品を見ながら説明するためには、高い言語能力とディスクリプション力を有しなければならない。作家や背景などを調べるだけでなく、作中のどの像がだれなのか、それぞれの表情やしぐさに込められた意味や心情、各像の位置の関係性を理解していなければ、わかりやすい説明にはならない。頭の中でわかっていても、言語化するのには練習と経験が必要である。声に出して聞き手の生の反応を見ながらの練習は、言語能力とディスクリプション力を高めるためには非常に効果がある。
 以上の3つの段階を踏まえたプログラムを行うことで、コミュニケーション力、思考力、論理的構成力、言語力、ディスクリプション力を高めることが期待できる。
(945字)
※≪解答例≫は合格者の解答に加筆修正したものです。解答の一例としてご参照下さい。

■出題・採点のポイント


【問題A】

●講評

美術館の社会教育施設としての機能、とくにますます重要性を増しているボランティアの役割についての知見を問題としている。1級の受験者には、『アートの裏側を知るキーワード』をはじめとした公式テキストに掲載されている政策、法規等知識の把握とともに、統計的資料の正確な読解、さらに代表的な事例についても把握することを求めている。個々の設問には惑わされやすい選択肢を含むため、美術界の動静について興味をもっていることも重要である。Q3に誤答が多かったが、この設問は、問題文の下線部に続くBさんの発言自体の中に既に正答のヒントが示されている。


【問題B】

鑑賞ボランティア向けの研修プログラムを企画するという、極めて実践的な設問。美術の現場で必要とされる柔軟な思考力を試している。但し、実経験がなくても、示してあるねらいを達成する手段を考えれば、好企画を提案することが可能である。採点にあたっては、以下のポイントを評価基準として設定した。


1.受容力、コミュニケーション力を高める内容になっているか

2.思考力や論理的構成力を高める内容になっているか

3.言語能力、ディスクリプション力を高める内容となっているか

4.作品画像及び「資料 A」「資料 B」を適切に用いているか

※その他、解答文章の記述の論理性、文体、字数なども評価に反映させている


●講評

この設問で求めているのは、鑑賞活動の企画案であるが、《カレーの市民》の作品解説に多くの文字数を費やす、あるいはそれのみに終始する解答がかなり多く見られた。1級の記述式問題では単なる知識量を求めていない。問題文を曲解しないよう注意されたい。解答例2にみられるように、呈示してある3点のねらいを解決する内容で、記述の条件を着実に満たしていれば、図抜けて好企画ではないオーソドックスな内容であっても高評価を与えた。